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[0001][想い出] 未知の奥悠々奇行? 平成07年度 島根 県 (2002/07/13) |
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未知の奥悠々奇行?
その1 茄子にまつわる弁解と対策
合宿初日というのを考慮しても、異常にでかい赤地のザックに俺は当然疑問を持った。
「なんでこんなになすびが、、、、」
なぜか赤地のザックには大量の茄子が隠されていた。
「いやー、八百屋のおばちゃんがようけくれはったんですよ」
まあ、サービス程度の量ならば俺も許そう。しかし、それはサービスという量を遥かに超えていた。
実に丸々としたセンリョウナスが十数本、一人五本以上は食える数である。普通そんなのをサービスとは言わない。
サービスだといってくれる会津若松の八百屋のおばちゃんもおばちゃんだが、それを貰ってくる赤地も赤地である。
だが悪いのは赤地ではない。実は俺なのだ。
明日から合宿本番というその日、わがパーティーは会津若松市にいた。白虎隊で有名なその街でデポジットの回収と、食料の買出しを行っていたのである。特に買い物以外に目的のなかった俺たちは銭湯を探してぶらぶらふらふらとすごしていた。
事の発端は至極簡単である。
「夜飯、なんにしようか」と俺。
米は大量に余っていたし、第一無駄な金を使うことは馬鹿馬鹿しかった。よって自炊をしようということになったのである。あとはメニューを考えるだけであった。
「すき焼きにしましょう」と石原が言ったかどうかは定かではないが、そんなオーソドックスなものつまらん、と言ったのは間違いなく俺である。
「じゃあいったい何がいいんですか?」俺は少し考え、そして、答えた。
「じゃあ、すきでなくてきらいにしようや」
つまり趣旨はこうだ。
まず、一人五百円ずつを握りしめこれから買い物に出かける。タイムリミットは午後六時。それまでにここ、会津若松駅に戻ってくること。何を買うかは個人の自由、うまいものまずいものなんでもいいが食べられるものに限る。きらい焼きとは、早い話が闇鍋というやつだ。
その結果、赤地は大量の茄子をゲットするに至ったのである。
しかし、会津若松駅にいた時点で誰が何を買ってきていたのかは、秘密であった。食べるまで何が入っているかわからない。それが俺の信じる闇鍋だったからだ。
そうこうするうち、わがパーティーは第一回みちのく杯争奪闇鍋大会会場である「山都駅」にたどり着いていた。時刻は午後七時すぎ、だったと思う。あたりは夜の帳の中に入ろうとしていた。
そして誰もいない駅の脇の公園で、静かにバトルは開始された。
「見るな、見るな」などとあくまで周りを警戒しつつ、俺たちは一人、また一人と思い思いに買った品物を投入していく。味付けはごくシンプルな味噌仕立て。一時間後、そこには有無を言わさぬ迫力と、個性の強い品々たちがこれでもかと主張を続けるがしかしそれがなんとも言えない絶妙な香りをあわせ持ち、我々三人ををこのやろうとばかりに刺激する予想外にうまそうななにかが出来上がっていたのである。
しかし、結婚の理想と現実が違うように(一般論ね、あくまで)、それも違っていた。
まず俺が引き当てたのは、ピクルスの出来損ないといった感のある、よく煮えたキューリである。
自慢じゃないが俺はキューリとトマトが大嫌いである。頼まれても結婚を前提にお付き合いなどしない。
「これすっごく不味そうなんやけど」
しかし勝負の世界は厳しい。闇鍋のオキテその3、ガチャに一度入れたものは絶対に食する、に引っかかってしまったのだ。
「たべましょうや、じょうだいはん」などと赤地が言う。
「あははははははは、、、、、、、、、、、、、」などと石原が笑う。
「まじかよ、とほほほほ、、、、、、、、、、、、、、、、、」などと俺が嘆く。
第一回上代杯争奪闇鍋選手権山都大会参加選手。
なすび、キューリ、鰯、鳥皮、ハンバーグ、サケ、ニラ、串カツ、もやし、糸こんにゃく、、、(順不同)
そして夜は更けていった。
線香花火の火薬臭さが、夜の冷気に消えるころ、三人は奇妙な満腹感とともに、深い眠りへ落ちていった。
1997年7月2?日のことである。
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